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『MIU404』分析&感想 第9話 最悪を覆せ「或る一人の死」を巡る戦い

2020年8月28日

『MIU404』もいよいよ終盤戦。
衝撃的な幕切れとなった第8話から一転、本筋に向かって物語は動き出します。

慕っていた恩師を失い、傷心状態にある伊吹。それでも世界は待ってはくれません。どこかで新たな事件が巻き起こり、悪意は膨れ上がって彼らの身に降りかかります。

誰かを救えなかったことで空いた心の穴は、他の誰かを救うことによってのみ埋められる。不穏なタイトルが様々な憶測を読んだ「或る一人の死」へと向かう第9話。その内容を紐解きます。

九重世人に残った禍根

第9話は今まで各話で少しずつ伏線がちりばめられていた「エトリ」の本性に迫って行く物語。その存在は多くの者の心に深い楔を打ち込み、無関係であったはずのキャラクターたちを一繋がりにして行きました。

4機捜の九重世人もその一人。
彼が第3話にて逃してしまった少年 成川岳は、その後家に帰らず行方不明のままでした。その彼は、エトリが救済した暴力団の庇護下に入ってしまっていたのです。

もしあの時、九重が成川を止めることができていたら。ちゃんと話ができていたら。彼は悪の道へと踏み入れることなく、1つの非行を犯しただけの少年としてやり直すことができたのかもしれません。

しかし現実はそうはならず、九重の選択は大きな悪意を振りまく存在を生み出す結果へと繋がりました。

ですが決して九重はあの時ミスを犯したわけではありません。当時の九重は「何を優先すべきなのか」を努めてドライに考えて、より悪い結果を生むかもしれない事件の解決を目指して行動しました。

仲間の生徒の確保に成功したのだから、成川は芋づる式に逮捕できる。普通の学生なら最終的には家に帰るしかないし、潜める場所も限られています。彼が家に帰らずそのまま完全に失踪することなど、あの時あの瞬間に想像できる人間はいないでしょう。

だから彼は決して間違った行動を取ったわけではありません。合理的判断をしたにも関わらず低い可能性の方に動き、"結果的には"より良くない事態を招いてしまっただけなのです。

それでも九重はそれを「自分の責任である」と感じずにはいられません。いや恐らく「感じられるようになった」と言うのが正しいでしょう。

ここまでの経験で人の心に寄り添うことの大切さを知った彼は、あの時自分だけがそうできなかったことを心から恥じています。起きてしまったことと、自分がそうできなかったことは、彼の中で全く別の問題として存在しています。

事実だけを見れば結果論。ですが今の九重にとっては、自分の行動次第で変えられたかもしれない未来で。そしてそれはきっと、今の彼が最も許せない「過去の自分の弱さ」に他ならないのだと思います。

成川岳の存在とその現在を認識したことで、九重にとっても「エトリ」は自分とは直接関係のない一事件ではなくなりました。彼が清算すべき問題を抱えて、彼は今回の事件へと立ち向かって行きます。

成川岳の幼き心

逃走を続ける成川岳は、今では完全にヤクザの一員といった風体に。ですがその顔にはまだまだあどけなさが残っていて、悪人になり切れない彼の優しさが滲み出ています。

今回彼は今までと比べ物にならないほどの大きな罪を犯すことになりましたが、彼はそれに対して自覚的ではありませんでした。むしろ「エトリさんを騙した女詐欺師を捕まえる」と、半ば正義感に近い感情で動いていた可能性さえあるでしょう。

軽い気持ちで非行を犯した成川は、自分が償うべき現実から目を背けて逃げ続けました。その根源にあるのは恐らく「自分は悪くない」「周りの大人が悪いんだ」といった反抗心に近い感情です。

彼の行動の1つ1つは、自分たちを理解してくれなかった"汚い大人"への反発。そして自分を助けてくれた久住という"カッコイイ大人"への憧れによって引き起こされています。善とか悪とか、そういった価値基準はほとんど存在していなかったと考えられます。

大抵の人は幼い頃から教わります。「人を見た目で判断してはいけません」と。良い人ぶっていても悪事をはたらく者はいて、一見悪そうでも人助けを行っている者もいます。そこに見えるものが真実で、"体裁"というもの自体には本来何の価値もありません。

成川岳にとって、今ある環境こそが自分の目で見て良いと判断した居場所でした。少し道を外れたことをしているかもしれないが、前にいた学校の大人連中に比べれば道理に適った社会がここにはある。そんな気持ちで彼は少しずつ闇の深みと突き進んでいました。

すごく大きな犯罪に手を染めているわけではないし、これくらいまでは許される。彼の日常はそんな綱渡りと常に隣り合わせだったことでしょう。

ここまで良かったからもう少し大丈夫だろう。ここまで問題なかったから、どうせその先も大丈夫に違いない。そうやって人は「少しずつ」の積み重ねによって後戻りできない闇へと身を投じて行きます。

巡り巡って自分の行っていることが大きな悲劇や不幸を呼んでいることに思いを馳せられないままに、成川岳は自分の生きる利益を優先して悪事へと手を染め続けます。

それはある意味で歳相応の感受性と価値観によるもので。

自分の目で見て「真実」を語るには、今の彼はあまりにも世間知らずで幼い。だからこそ目の前にある「虚偽」をいとも簡単に信じ込んで道を踏み外す。

子どもというものは、導かれる相手を間違えば誰しも簡単に悪に染まってしまう。誰もがこのようになるリスクを孕んでいる。彼の振る舞いからは、そんなメッセージ性を感じざるを得ないのです。

羽野麦の受けた理不尽

かねてより桔梗隊長によって匿われていた女性。羽野麦は、エトリによって直接的に人生を拘束されてしまった者の1人です。

今まで彼女がどのような経緯でエトリと繋がったのかが語られていませんでしたが、その実態は「たまたまバイト先で気に入られてしまった」という極めて理不尽なものでした。

裏の住人であるエトリと知り合っているにも関わらず、彼女はあまりにも邪気を感じさせない一般人。その振る舞いに違和感を覚える人も少なくなかったと思いますが、これで彼女は正真正銘の一般人であったと証明されました。

しかし実際に取り調べをした警察の間ではそうは行きません。彼女の言っていることは本当に真実なのだとしても、「体の良い嘘をついている」と思われかねない内容です。むしろ、状況を考えればその可能性の方が高いと言っても良かったかもしれません。

羽野が疑われるのは論理的な観点では否定しようのない正当性があります。そしてその"正しさ"という刃が、彼女の心を無慈悲に切りつけて行きました。

真実を話しているのに何故か疑われる。しかも自分はエトリに「気に入られてしまった」だけの一般人で、本当に無関係なのに。そんな抵抗しようのない"正義"という悪意に晒される絶望感は、想像しようがないほど大きなものでしょう。

さらにその羽野麦への警察の対応は、我々視聴者の目線と幾何かリンクしています。

ここまで彼女の素性が「保育士をしている」こと以外は明確にされていなかったことで、我々も「何だかんだ言って羽野麦は裏の住人なのでは?」といった可能性を捨て切れませんでした。状況だけを見れば、そう解釈した方が分かりやすいからです。

他者から向けられるその懐疑的な目線こそが、彼女を苦しめている理不尽の1つ。我々も知らず知らずのうちに、彼女を傷めつける存在の一員に加えられていたとさえ言えるのです。

この9話では人の"善意"が翻って"悪意"へと繋がって行く光景が非常に多彩な角度から描かれており、その1つ1つのリアリティにぞっとさせられた方も大勢いると思います。

しかしそれは物語の中だけの話ではありません。『MIU404』に登場するキャラクターを見る目線にもそういった「無自覚の悪意」は潜んでいる。彼女の存在もまた、視聴者の心に訴えかけてくるものがありました。

伏せられた存在 久住

本腰を入れて動き出した諸悪の根源、久住にもここで注目しておきましょう。

関西弁の20代であること以外全てが不明の謎の男。警察には風貌の情報さえも伝わっておらず、劇中ではエトリ以上のミステリー存在として扱われています。

実際、視聴者の我々も見た目以上の情報を知り得ない状態。その素振りや喋り方、言葉の1つ1つから読み取れる情報があまりにも少ない異常なキャラクターで、それを完全に演じ切る菅田将暉の存在感には舌を巻いてしまいます。

ただ今までの登場シーンを総合して彼のことを一言で表現するならば、「この世で最も近寄ってはいけない人物」と言ったところでしょう。

目が笑っていない、笑えない冗談を言う、常に陽気でヘラヘラしている、物腰が柔らかく面倒見が良い、決して人に謝らない、人の心を動かすのが上手い、服装に統一感がない、などなど。

それらの異なったベクトルを持った要素が複雑怪奇に絡み合った結果、導き出されるのはただただ「ヤバい人」というストレートな印象のみ。ある程度の対人経験を積んだ大人であれば、強面のいわゆるヤクザよりも、こういう人間の方が危険であることに勘付けるはずです。

それほどまでに「ヤバい人」のテンプレートを地で行く人間であるにも関わらず、凄まじい深みと底知れない闇を体現してくる異質性。むしろ「テンプレを突き詰めるとこうも薄気味悪い人間が生まれるのか」と驚愕してしまうレベルで我々の感性を刺激して行きます。

そしてそれを「信頼できる大人」として慕ってしまう成川の存在がまたリアルで。あれくらいの年の少年少女だと、ああいった自由気ままに生きている人間がとにかくカッコ良く見えてしまうものです。

自分たちの世話も親身にしてくれて、少しの悪さを滲ませながらも快活で堂々としている。そんな理想の先輩像に近いものを久住は持っています。

彼はそういった振る舞いで若い人間の信頼を獲得し、自分の欲求を満たすために使い捨てているのでしょう。そんな計算高さが振る舞いから垣間見えるのもまた、我々の心に強烈な悪印象を受け付けて行くのです。

画面越しに見ているフィクションの登場人物にも関わらず、見ているだけで常に胸の辺りがゾワゾワとする「危機感」に襲われる。それでいて、登場するシーン1つ1つがあまりにも印象的だから、登場を楽しみに待っている自分がいるのも分かる。

その存在、正にイレギュラー。間違いなく『MIU404』を語る上で外すことのできない存在として、今後語り継がれることになるのだろうと思います。最終回に向かって加速するであろう、彼の悪逆非道な行いに注目です。

成川岳と羽野麦

では今回の物語を動かすに至った大きな要因、成川岳と羽野麦(※以下ハムちゃん)の関係について紐解いて行きましょう。

成川岳は今回、ハムちゃんの善意に付け込む形で彼女と連絡先を入手、エトリへと差し出す算段を進めました。このやり口は、事前に特派員RECの行った「人の善意を利用する」方法を見ていたことによって思いついたものでしょう。

対するハムちゃんは彼の言ったことを全面的に信用し、彼を助けることを前提に行動することで一貫しています。彼女の立場を考えれば、接触してくる者全てを疑ってかかった方が良いと言えますし、その行動は軽率であったと断じても良いものです。

しかし彼女は桔梗隊長に「信用してもらえた」ことで救われ、今も戦い続けている人間です。その境遇を持って、困っている人間を最初から疑ってかかることはできなかったのでしょう。そこからも、彼女が元々持っている善良性や面倒見の良さが見て取れました。

さらに言えば、成川が「家に帰ることができずに詰んでいる」のはほぼ事実で、彼は決して嘘を言ったわけではありません。そして彼自身はまだ完全に悪に堕ち切ったわけではなく、どこか信じてあげたくなるようなオーラを出していたのだと思えます。

そしてこの時、成川はハムちゃんのことを「本当に詐欺師」だと思っています。彼にとってハムちゃんは「エトリさんを困らせた悪人」であり、一切の気を遣うべき相手ではなかったことも振る舞いに影響したでしょう。

彼女と接すうちに、成川は自分が持っている前提がおかしいことに気付き始めます。「彼女は本当に詐欺師なのか」「本当に悪いのはどちらなのか」それを意識し始めた時には、もう取り返しのつかない状況に陥ってしまっているのでした。

犯罪の軽重 身勝手な認識

そもそも成川は、自分のしていることをさほど「悪い」と思っていなかった。

これは9話の物語における大前提であると思います。

犯罪という認識はあるものの、ちょっとやんちゃなことをしているに過ぎない。信号無視などと同じで、皆がやっているから大した犯罪ではないのだろうと考える。彼はそんな年頃の少年です。

売買している薬物「ドーナツEP」もまだできて日が浅い新興ドラッグの一種で、その知名度や悪質性にまで理解が及ばなかったと考えられます。ましてその斡旋をしていたのは敬愛する久住なわけですから、その売買に手を染めた理由にも根深い事情がありそうです。

そんな"軽犯罪"を当たり前に行ってきてはいたものの、恐らく人命に関わるような大きな事件に関わることはなかったのだと思います。彼がイメージするような"重犯罪"が身の回りで起こることはなく、それに加担する機会が自分に訪れる想像もできていなかったのでしょう。

だから彼は動揺しました。自分が計略を張り巡らせて確保した羽野麦が、その後どのような扱いを受けるかなど一切考えていなかったから。自己保身のことばかり考えて、差し出す相手が同じ"人間"であることに思いが及んでいなかったから。

1,000万円もの大金が手に入る仕事です。しかもエトリは「怒らせたら沈められる」とさえ言われる相手で、成川はその危機感に実際に晒されてもいます。その確保対象が生死に関わる仕打ちを受けることくらい、少し考えれば分かるものだとも思います。

それでも彼がハムちゃんを差し出すことに躍起になってしまったのは、感覚の麻痺と「早くこの状況から抜け出したい」ともがき苦しんでしまっていた結果でしょう。

懸賞金のかかった対象ではなく、羽野麦という1人の人間としっかりと会話したことで、彼は自分の犯してしまった過ちの大きさに気付きます。そのスイッチをスルーしてしまっていたら、彼は完全に後戻りできない人生を歩むことになっていたはずです。

「俺のな、久住って名前、何や知っとる?"クズ"を"見捨てる"の、クズミや」

そのギリギリのラインで踏み止まって。敬愛する久住に蜘蛛の糸を切られた時、成川岳は自分のしてきたことが許されざる悪行であったことを知るのです。

「どお?おもろい?おもろかった?そっかー。ほなな」

気付いてしまったからこそ、彼はその身に大きな不幸を被ることになりました。

しかし人の善意は、必ずしも幸福と共に報われるとは限らない。不幸の中でしか掴み取れない勝利がある。それを追い求める戦いはまだ続きます。

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はつ

『超感想エンタミア』運営者。男性。美少女よりイケメンを好み、最近は主に女性向け作品の感想執筆を行っている。キャラの心情読解を得意とし、1人1人に公平に寄り添った感想で人気を博す。その熱量は初見やアニメオリジナル作品においても発揮され、某アニメでは監督から感謝のツイートを受け取ったことも。

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