『A3!』第4話、スタートしましたね。
止むに止まれぬ事情で放送延期が発表されてから3ヶ月、当時としてはまだ珍しい延期判断でしたが、現状を見るに英断だったと言えるのではないでしょうか。
ビジネス的に考えれば突っ走るという選択肢もあった中であえての延期判断は、この作品を納得できる(満足できる)形で視聴者に届けたいという強い意志の表れだったと思います。
The Show Must Go On.
僕も片足を突っ込んだ1人の視聴者として、その想いの強さを感じさせてもらえればと思っています。
3話では意識や立場の違いから様々なすれ違いが表出してしまった春組。今後1つの劇団としてまとまっていくため、ここからが正念場というところです。
その大事なポイントとなる4話をしっかり見させて頂きます。お付き合いくださいませ。
個人的な問題の交錯
鹿島に叱責されたことで熱意と技量の差を意識せざるを得なくなった春組のメンバーは、ほどなくして複数の分裂危機を迎えます。
至の脱退希望、咲也の技術不足(と言うか真澄が小器用すぎる)ことによる衝突、何かしらの立場を匂わせるシトロンなど。それぞれの個人的な問題が表出したのがこの4話でした。
しかしながら彼らはそれぞれで「より良い舞台を創り上げるために自分はどうするべきなのか」を考えて行動している結果すれ違うのであり、身勝手な理由で劇団を崩壊させようとしている者は誰もいません。
MANKAIカンパニー復興を現実のものにするためには、ただ1つの舞台を成し遂げるだけでは物足りないでしょう。相応のクオリティと価値が求められます。それは彼らのような急造のユニットに科せられた使命としては、あまりにも厳しく困難なものです。
初公演は形にするだけでも大変に違いありません。にも関わらず、本来であればそこから数回の公演を重ねながら考えるべきクオリティ追及を、彼らは今の段階から並行して行わなければなりません。
それだけ乗り越えなければならない壁は大きく、高みを目指せば目指すほど大きく道を違えるのは自然なことです。立場や年齢が違うのももちろん大きいですが、彼らはこの劇団のために集められたほぼ初対面のメンバー。個人的な関係性を築き上げる時間さえ圧倒的に不足しているのです。
この4話はそれぞれの問題に一定の折り合いをつけることで、"当面の解決"を迎えました。ですがこれは本当の意味での解決ではなく、問題を先送りにして「ひとまず一丸となった」に過ぎません。
今回の演目を通じて、彼らがこの春組として真に同じ方向を向くことができるのか。それが大きな課題であり、この物語の1つの到達点になるのだと思います。
佐久間咲也の抱えるもの
4話の大きなポイントの1つとして、咲也が抱えている過去の経験(現在進行形)がフィーチャーされました。親戚中をたらい回しにされた上にどこの家族にも馴染むことができず、孤独を味わいながら生きてきた。そして「その原因は自分が何をやっても上手く行かないからだ」と自身を責めています。
そもそも子供が何か人の役に立たないと(迷惑をかけずにいないと)受け入れてもらえないという状況が歪んだものであり、それは彼のポテンシャルとは無関係です。仮に咲也がよくできた少年だったとしても、その家族は違うところで彼を責めたことでしょう(※まず本当に彼が何事にも要領の悪い人間なのか客観的には分からない)
身寄りのない親戚を引き取らざるを得なくなった家族の事情も推し量るべきではありますが、少なくとも咲也自身によってその問題が引き起こされたわけではないことは確実です。
だとしてもまだ少年である彼にはそう思えないのも無理はありません。同じことが何度も続けば、自分の方に問題があると誤解しやすくなってもしまいます。
そんな中で彼が見つけた新しい居場所が「春組」であり、そこで手に入れた自分の存在証明がロミオという役柄でした。
だから彼にとってロミオは絶対に手放したくないものになっている。それを取り上げられてしまうかもしれないなら、何が何でも自分を高めて行きたいと思うくらいには。
"役者気質"ではない彼がステージに立つ理由
演劇で演じることの根源的な魅力の1つに「自分ではない他人になれる」というものがあります。演技経験が全くない人達でも想像できるような、最も分かりやすい観点ではないでしょうか。
一般的に"役者"と言うと、自分に自信があり自己表現を得意とする人達を想像する方が多いはず。彼らを指していわゆる"役者気質"などの観念が生まれ、総じて人前に立つことを得意とするギラギラした人、変わり者であるといった認識を持たれやすい職業です。
でも実は役者には意外と自分のことが好きではなかったり、心に闇を抱えているような人も多かったりするものです。人前に立つことではなく、自分ではない他人になれる快感を求めて演じる者も数多くいます。
そして彼らのような存在こそが名役者になることも多く、実際にテレビで頻繁に見かけるような大御所俳優にも"役者気質"ではない方が大勢いると思います。
咲也もきっとこちらのタイプの人間で、彼自身は人前に立つことが(精神的にも肉体的にも)あまり得意ではないと推察します。そんな一見芝居に不向きな人柄なのに、どうしても人前で演じたい理由を持っているというのが彼のポテンシャルに繋がっているのです。
パッと見彼のようなタイプはあまり華がなく、役者として「どちらでもいい存在」に見られがちですが、どこかでカチりとスイッチが切り替わった瞬間、その人にしか出せない個性や味を持った輝きを放つことが多くあります。
逆に現実ではそのスイッチに気付けないまま、心折れて駄目になってしまう人が星の数ほどいるのも事実。特に彼のような役に固執するタイプは、演劇と自己実現を強く結び付けすぎてしまうことで、自分だけの世界を強めてしまいがち。そのジレンマから逃れることができるかが大きなカギです。
この『A3!』は現実ではなく物語である以上、挫折を味わいながらもハッピーエンドに向かってくれるものであると信じています。
そこにどう佐久間咲也が行き着くのか。それがこの『A3!』視聴の大きな楽しみの1つになりました。
春組のメンバー達
では、残りの春組のメンバー達を個別に見て行きましょう。
碓氷真澄
芝居のセンスもあるが運動神経も良い。
基本的に何をやらせても小器用にこなせてしまうので、エンターテイナーとしてはやはり優秀。春組で"役者気質"の存在と言えば彼でしょう。しかし例によって他の面子と歩調が合わないのがもどかしい。芝居は皆でやるものですからね。
今回も不器用な咲也に手厳しい発言をぶつけるなど、見ようによっては冷酷なキャラに見える真澄ですが、彼は彼であくまで最高の舞台を創り上げることを念頭に置いているのは伝わります。
現実を見れば、実際この『ロミオとジュリアス』が当面の成功を収めなければ彼らに次はないわけで、今はそのために何が何でもベストを尽くすべきだという価値観は必要です。それが転じて劇団のためになるからです。
人間の感情は無視できませんが、感情だけを大事にしていては成功は掴めません。彼らのような急造の劇団にはぶつかり合うこともまた大事で、それが新しい関係性を構築します。
ラストでは(盗み聞きとは言え)咲也の本音を知ったことで、彼の心情にも変化が訪れたはず。決して根が冷徹な少年というわけではなく、効率を考えた最優の選択を提示し続けているだけでしょう。
それを本心からできてしまうのが、人前に立つ才能がある故の残酷さかもしれませんね。けれど真澄はそれを省みる心も持っています。
知らないこと・考えもしなかったことは、直面するたびに学んで取り入れて行けば良い。それが積み重なれば、彼は小器用なだけの役者では終わらない存在になれると思います。
皆木綴
今回はあまり主だった活躍がなかった綴くん。
それにしても演技が下手。
咲也が下手なりに上達を見せる中で、圧倒的な大根ぶりを維持し続けるところが何とも愛らしい。
今のところ本職(?)である脚本に関する駄目出しはなく、一定の水準は保っているのだと考えています。
なので彼は本当に「単純に役者としての能力不足」という壁にぶち当たって苦悩する日が来るように思いますが、そこにどう折り合いをつけるのかが気になります。役者としても努力してきた書き手の1人としては、注目したい存在です。
シトロン
何者だ。
急に話のスケールがデカくなってしまい、『A3!』という作品への向き合い方その物に調整を加えねばならないのではないかと思わされました。
今回では心を許せる家族を持てなかった咲也が、自分の居場所として春組を大事にしていることが分かりました。そしてこのシトロンが、春組を本当の家族のように想い合いたいと思っていることも明かされています。
彼のバックボーンがまだ完全に分かったわけではありませんが、自国にて家族絡みのいざこざを抱えているのは間違いなさそうです。割と格式高い家の出だったりするのでしょうか。
この点から、春組は「仲間から始まった家族のような存在」が今後彼らが結束を深めて行く上でのテーマになるのだと思います。
ただ、それぞれが持っている家族像や仲間観には違いがあるはずですし、咲也とシトロンでも求めているものには共通している部分とそうではない部分があるように感じます。
それらがどう物語の展開に影響するのか、これもまた楽しみな点です。少しずつ、この作品の目指すべきところが分かってきた気がします。
茅ヶ崎至
お騒がせ人だがあっさり懐柔される。
あわや退団というところまで行った彼ですが、単純に面倒臭くなったなどの身勝手な理由ではなく、熱意の差を意識したことで「皆に迷惑をかけてしまう」と判断しての選択でした。
状況を見るに彼が抜けてしまうダメージの方が凄まじい(何でも良いからいてくれた方がマシ)と思うのですが、それを加味しても抜けるべきだと考える辺りが今時の大人かもしれません。
春組に入ることを承諾したのも「家賃が浮くから」ではなく「浮いた家賃を課金に注ぎ込める」という、あくまでゲーム中心の発想(貯金などの概念はない)なのが信頼できる。それをさも当たり前のように理由として発言できるところでさらに好感度が上昇。
春組の中ではあまり演劇に興味がなさそうな存在ではありますが、そもそも演技とは「やりたくない人が大半の文化」です。大人になってからはなおさらのことで、自分が人前に立って何かを演じるなんてこと、考えただけで震え上がってしまうという人の方が多いでしょう。
だからこそ自発的ではない理由で「やっても良いかな」と思えるのが既に「やってみたい」の裏返しだと言えます。何かしらそこに目的意識がないと「家賃が浮くから」などの理由で劇団に入ろうとは思えません。
僕自身、最初に誘いを受けた段階でかなり変な人だなとは感じていましたし、第一印象で「それはないだろ」と思った人はそれなりに多かったのではないかと思います。そこに理由があるとしたら面白いです。
至さん自身も春組のメンバーの魅力に後ろ髪を引かれたわけですし、演劇についてももう少しやってみたいと思っているようにも見えました。
今のところ演劇方面での貢献度はほぼ語れていないため分かりません。ですが根本的には理知的で心優しい人間でしょうし、春組の他のメンバーにはない長所をたくさん持っているのは間違いなさそうです。
彼の意欲やモチベーションが変化し、それらが春組のメンバーと化学反応を起こすところも見られるかもしれません。人間関係の観点では、今後もキーマンになりそうなキャラだと見ています。
おわりに
3話で団結したものを、今一度引っかき回していく内容が語られた4話。
気持ちの面では同じ方向を向いていても、その気持ちが引き起こす行動は人によって違う。それがまた新たな問題やいざこざを起こしていく、といった集団で創造することの難しさと向き合える回だったと思います。
しかし彼らが立ち向かっているものは同じもので、3話にステージ上で交わした契りもまた彼らの胸に残り続けているはず。
それを前提に置いて見進めて行けば、その問題の多くはきっと完全な形で解決することができるのでははないかと思います。
『A3!』はリアリティを最重要視した演劇作品ではありませんが、それ故に演劇の世界にある"光"の部分が色濃くフィーチャーされている印象です。すれ違いの中にも「こういうことがあるから演劇は面白い」といったメッセージが込められているように感じます。
その1つ1つを受け取りながら楽しんで行きたいと思います。それでは今回の記事はこの辺りで。
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