稽古が始まり脚本も完成し、夏組の物語もいよいよ本番を迎えます。
「なりたい自分」に向かって、一生懸命に歩みを進める姿が魅力的な彼ら。相応にぶつかり合いが多いながらも決して折れることなく、それぞれが実直に問題へと立ち向かいます。
そんな夏組が合宿という形でさらに親睦を深めるこの9話を、今回もしっかりと読み解かせて頂きます。よろしければお付き合いください。
目次
人間関係を描くことに注力
夏組は稽古風景の中でも、春組では見られなかった部分がフィーチャーされているということは8話でも指摘した通りです。
この9話の合宿もまたその1つだと思います。
夏と言えばやっぱり…と言うこともできますし、1つの公演を成功させて軌道に乗ってきたからこそ、劇団としても多様な挑戦が可能になってきたと見ても良いですね。
元々ほとんどの団員が寮で生活している都合上「一つ屋根の下で」と改めて言うほどではないものの、やはり場所と状況が変われば気持ちの入り方も変わります。特に若い彼らにとっては、大きな意味を持つ合宿になることと思います。
春組の物語は「初めての演劇」という概念、加えて「劇団を再興する」という目的の中で葛藤するメンバーの姿が中心に描かれていた印象で、キャラクターを深く掘り下げることよりも「渦中にて翻弄される春組」を見守ることが物語の中心にありました。
夏組はその点での解決が(今のところ)見えているため、比較的に見てメンバーのプライベートな人間関係を描くことに注力しているように感じます。
春組の5人はある程度まで自意識が完成していた状態で始まっているため、その必要がありませんでした。目的を同じくする初対面の相手との付き合い方が、春組は最初から分かっていたようなイメージです。春組の中において(精神的な面では)年長者に引っ張り上げられる存在として描かれた真澄でさえ、夏組の面々に比べれば物分かりが良いように思います。
つまり夏組は真澄よりも尖りシトロンよりも強烈な男の子たちの集まりだと考えると、彼らが人間的な成長と関係性の構築から始めなければならない理由も分かりやすいのではないでしょうか。
それを踏まえると合宿という"お約束"は彼らにこそ必要なステージです。より密接に互いを感じられる環境で、知り得なかった人間性を知り、より深い人間関係を築く。それがまた彼ら個人個人の人間的な成長にも繋がって行きます。
演劇は役者同士の密接なコミュニケーションが大切な文化です。頭で考えてカバーすることもできますが、極めて卓越した実力がある者同士でなければ現実的ではありません。他人の呼吸を理解するという意味でも、仲良くなっておくに越したことはないのです。
春組あっての夏組
そして彼らがこうして合宿でぶつかり合い苦悩し、研鑽を積む姿の裏には、演劇とだけ必死に向き合い続けた春組の成功があるというのがまたにくいものです。
彼らにとってMANKAIカンパニーはあって当然のものであり、成功の印象を持って稽古に臨んでいます。春組の成功によって、最初から一定の集客が望めるアドバンテージも持っています。夏組は、春組が「失敗すれば劇団は解散する」と告げられた日のことに、100%の実感を持つことはできないでしょう。
"大人の事情"に翻弄された春組のメンバーと自分達の公演のことだけを考えられる夏組では、色んな意味でスタートから異なっています。
それを指して「恵まれている」と一言で言ってしまうのは簡単です。しかし、夏組がこうして若々しい気持ちを全力で交わすことができるのは、その前に春組が全力で頑張ってきたおかげであると思うとまたエモーショナル。
多くの作品ではこういった若々しいやり取りはまず最初に扱われることが多い題材であり、同作品内で何かを成し遂げた後に展開されることは稀なことだと思います。
春組は春組で右も左も分からない中でガムシャラに努力して成功を掴みましたし、その活躍は十分に若くつたないものでした。けれど彼らが大人として振る舞ったのもまた、事実でしょう。
春組が体現したものの先には、夏組という屈託のない更に若い輝きが待っていました。彼らが今ここで目の前のものに全力で悩み、気持ちよく笑えるのは、春組の想いが繋がった結果なのです。
一見するとよくある若者の物語ではありますが、『A3!』には辿るべきルーツがあります。それを踏まえて見ていると、ふとそれに気付いた時に感傷に浸ってしまう瞬間があります。
春組の姿に思いを馳せた結果、夏組のメンバーもより可愛らしく、愛おしい存在に見えてくる。
視聴者の分身でもあるいづみの態度と表情が、それを物語っているようにも感じられます。
より具体的になった演技の話
プライベートな人間関係の掘り下げが行われていると言っても、決して演劇が蔑ろにされているわけではありません。むしろ、演技面でもよりディープなところに切り込んでいるのは、8話に引き続き変わらないと言ったところ。
春組も3話で鹿島に強く叱咤されたシーンがありましたが、彼らを通して劇中で語られたのは「役者とはどうあるべきか」のみ。実際に「何をするのか」についてはバッサリ切られていた印象です。
より綿密に演技のことを理解しているプロの天馬がリーダーを務めていることで、夏組に対する演劇のアプローチもより細かいものへと変化しました。
この9話では台本の読み込みやそれに伴った演技への反映方法などが劇中で拾われました。演劇初心者にとっては、単純に勉強になるような台詞もチラホラあったのではないでしょうか。
中盤では天馬からメンバー全員に対する本質的な指摘もあり、実際にある劇団の稽古を覗き見しているような感覚さえ覚える具体性がありました。
役者のやり始めは往々にして自分の台詞をその場しのぎで解釈してしまいがちであり、その場その場で単一の台詞として処理してしまうものです。しかしそれではただ「演技している」だけであり、「役になりきる」ことはできません。人を感動させる芝居にはその先が求められます。
そのためには全体を通して自分の役がどのような感性と感覚を持っている人間なのか、それを読解して演技に反映させることが必要です。「背景にある設定を考慮して台詞の言い方・出すべき感情を考える」「終盤で判明する事実を踏まえて演技しなければならない」など、そういった1つ1つのこだわりが演技の質を向上させて行きます。
全体を通して自分の役がどのような感性と感覚を持っている人間なのか。その読解をマスターするには鍛錬が必要で、ただ闇雲に演技の勉強をしているだけでは身に付きません。僕自身もそういった演劇の経験から、作品を深く読み取ることの素地を得たと思います。
その点では、幸運なことに夏組にはそのノウハウを持ち、しかもそれを的確に言葉にしてアウトプットできる最高のリーダーが存在しています。良い指導者を得れば、その下にいる役者の成長も早いというもの。彼らが短期間で大きく成長できる、その裏付けとしても説得力があります。
演劇経験者としても、台詞の1つ1つがスッと入ってくるんですよね。似たようなことを言われたり経験したことがありますから。そして演劇の知識を持っていると、彼らが今どのような物語のどんなシーンの練習をしていて、今の指摘にどんな意味があるのかまで一瞬で想像することもできる丁寧な創りです。
『A3!』は理想的な演劇の在り方を描いている作品で、そういう意味ではちょっと現実離れしているところもあります(実際はもっと面倒臭くて言葉を失うようなトラブルが続発する闇の文化でもあるので…)
ただその本質や中身には決して嘘がなく、真摯に文化と向き合っているのが伝わってきます。「皆が皆こうだったら良いのにな」と思えるような、そんな素敵な物語です。
今回活躍したキャラクター達
では今回も1人ずつ。
と言っても大事なところは劇中で天馬が喋ってくれているので、今回はそれらを参照してまとめましょう。
皇天馬
実力を持っているが故に、初心者に対しても強く駄目出ししてしまうのが今回の苦悩ポイント。9話の物語の根幹にもなりました。
特に彼は論理でガチガチに固めて芝居を演出するタイプで、なおかつその論理を言葉に変換してアウトプットする能力まであります。気持ちが前のめりになるばかりに、改善点ばかりが口をついて出てしまうのでしょう。
しかし彼は粗探しをしているわけではありません。しっかり良いところも見て取れています。なのに駄目出しばかりしていたのは決して悪気や計算があったわけではなく、そこに意識が回っていなかっただけではないかなと。
良いところは"できている"わけだから、そのままにしておけば問題がないわけです。それはあえて口に出すことではないと考えてしまう。意見を言えるからこそのジレンマがそこにあります。
でも、それをいづみから指摘されればすぐに改善できるのが彼の良いところですね。やはり基本的には真面目で素直な少年だなぁと思わされます。花火のシーンも含めて根が良い奴すぎる。
余談ですが、僕も若い頃に割と同様の傾向がある人間で、いつも思っていることを口に出して相手を褒めたら「はつさんに急に褒められるとなんか気持ち悪い」と言われたことがあります。それ以降、もう少し思っていることは口に出そうと思いました。なので「良いと思っている」ということは、意識しないとそれくらい口から出てないものだと実感しています。天馬には親近感がすごい。
天馬は演技についても非常にロジカルで、感覚で芝居することを良しとしません。天性のセンスだけで演技するのではなく、しっかりと学び積み重ねてきたものがあるからこそ、彼はプロとして一線で活躍しているのだなと感じられる一話でした。
対して千夜一夜物語の原典に関する知識はほとんど持っていなかったり、花火など世俗的なものに全く触れてきていないなど極端な面も持ち合わせています。
興味の範囲が広いと言うよりは、あくまでも「必要だと思われる範囲だけを深める」ところがあるのかなと。それが人間関係のトラブルを引き起こしやすい理由の1つかもしれません。
瑠璃川幸
天馬からも器用な役者だと指摘された通り、やはり演技の適性が高い幸くん。
それ故に自分のペースで演技をしすぎてしまうところがあり、勢いやその場のノリで大事な台詞の大事なところを疎かにしてしまうところがあるようです。台詞を流しがちだと言われていましたね。
演劇界隈にはよくいる自分を出すことにためらいがないタイプで、そこそこの役者にはなれるものの、中途半端に自信をつけて早熟で終わってしまうことも多い人材。真澄と似ていますが、彼と違うのは「認められたい」気持ちの有無でしょう。
幸の場合は最初から手厳しいリーダーが近くにいて的確な指導を受けられるので、伸びしろは大きいと思います。また、彼自身がどんなにいけ好かない相手からでも「意見は意見」と割り切って取り入れられる柔軟さを持っているのもポイント。これは違う分野の表現者であることも影響していそうです。
天馬と対比的に語られるので台詞は多めですが、パーソナルな部分はまだまだこれからと言ったところ。次回以降の活躍に期待です。
向坂椋
原典を読破する男。さすが体育会系スピリットの持ち主で、チームで戦うことの難しさもよく理解して自分のすべきことを考えていると思います。誰よりも台本に付箋をたくさん貼っていたのも、見落とさないであげたいところ。
彼はそもそも自分の実力不足や立場的なことから「自信を持っていないこと」が最大の問題点で、役者として語るべきラインに立っていません。演技はとりあえずは自己表現の文化(その上で他人に応える必要がある)ですから、それができないと文字通りに"論外"になってしまいます。
彼のような役者志望は多くの場合をそこを超えられずに脱落しますが、椋はそれに挑み打破できる根性と努力の心があります。その上で優秀な指導者にも巡り合えたので、花開く可能性はあるでしょう。
序盤で天馬にドヤされた時は分かりやすく萎縮していましたが、終盤で褒められて論理的な指摘を受けた時には即理解できているようでした。飲み込みは早そうですし、正しい指導をすれば能力を発揮できるタイプな印象。言い方・伝え方の重要性を感じる一幕でした。
小器用で良い感じにできる役者ばかりでは舞台は成り立ちません。なんかよく分からないけど"味がある"役者こそ必要不可欠。
彼はそのポジションに座れる役者に"化ける"ような気がしますね。
三好一成
役者としての活躍はほぼ語られずですが、パーソナルな部分では天馬に「痛いところを突かれた」ように見えています。
芝居においても「人に合わせられるが押しが弱い」という、軽薄そうな彼のイメージに合わない指摘をされていました。台所での一幕も加味して「自分から行けない」とも取れる振る舞いが、今後の彼のキャラクターを知る上で重要になってくると感じます。
何となく、こういうキャラを演じなければならない理由が彼の背景にはあるのだろうなと思う瞬間がそこかしこにあるので、とりあえず三好についてはその辺りが明かされてから語る必要があるでしょう。待て次回以降。
斑鳩三角
謎・謎・謎・△
とりあえず今回もまだあえて言うことは少ない。
ただ思ったより会話できないキャラではないし話が通じない存在でもなく、9話で「ちゃんと人間だな」と確認できたような気がします(大変失礼な感想)
演技力は本物ですが、かと言って始めると自分を取り戻せなくなるタイプでもなく、演じることよりも「三角」を優先して行動してしまう制御できなさもあります。前回、超憑依型の役者ではないかと予想しましたが、その線もズレているかもしれません。
新たな可能性は見せてくれましたが、それ故に全体的に見て余計に分からなくなった感じです。あと3話でさわりだけでも掴めるようになると良いのですが…。
おわりに
9話はトラブルから解決までを一話にまとめた清々しい物語でした。春組も3話目が全体像を固める回だったので、その流れを踏襲しているというところでしょうか。
開幕での天馬と咲也の会話からラストシーンで「一緒に寝てみた」まで含めて、春組からのバトンタッチを想起させるところがありました。
次回以降はまたキャラのことがより深く分かる回になると思いますので、今回で演劇・座組として確立された部分をしっかりと押さえた上で、キャラクター達のことを見てあげたいです。
いよいよ10話です。
数字が2桁に乗っかると、アニメとしてはやはり「歩いてきたな」という感覚が出てきますよね。1クール目は残り数少ないですが、是非ともお付き合い下さいませ。
それでは今回はこの辺りで。また次回の記事でお会い致しましょう。
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