MANKAIカンパニー七不思議の1つ「無間人形」に囚われてしまった紬と丞。
永遠に繰り返される11月12日。ループから抜け出す手立てを探し出す2人の旅路がスタートします。
過去20話から全く想像もしていなかった唐突なファンタジー展開に「?」が消えない今日この頃ですが、そこにも演劇を扱った『A3!』らしい解決がきっとあるでしょう。
新要素の追加は新たな魅力との出会いでもあります。
廻る時間の中で、芝居と共に2人の過去に向き合う物語。その内容を紐解いて参ります。では行きましょう。
紬と丞の関係性
無間人形から抜け出すには、ループしていない2人が仲直りすることが必要と言われている。
以前に伊助から聞いたその話の通りに、紬と丞はこじれた過去の修正を求められることになりました。
紬と丞は2人とも力を持った役者ですから、見た目だけ"それっぽい"状態を作り出すことは簡単です。しかし、当然ながらそれでループから抜け出すことはありません。無間人形が見ているのは見た目ではなく心。彼らが真の意味で歩み寄らなければ、前に進むことはできないということでしょう。
それでも何とかしようと2人で行動することは、着実に2人の関係を進展させます。手を繋いだり肩を組んで笑い合ったり。仕方なくやらさせていることだとしても、何もしないよりは会話も交流も密に行える。それは確実に2人だけの時間を進めて行きます。
僕がそこから感じ取れた2人の関係性は、そもそも仲違いしたという認識が2人の中に(特に丞には)あまりないのではないかということです。
2人が本当に決裂しているのなら"仲良し"を演じるのにももう少し時間がかかりますし、何を改善しなければいけないかは明確に分かるはずです。「解決=相手の嫌いなところを受け入れる」だけのことですから。
ですが今回の紬と丞は「どうしたら仲直りしたことになるのか分からない」で問題への見解が一致しており、そうなるために同じ方向を向いて努力したいと思っているのが分かります。
「なんで俺がこんな奴と仲直りなんか…」のような嫌悪感を伴う発言が出ることもありません。価値観や境遇の違いからぶつかってはいるものの、相手を友人だと思っている気持ち自体に変化はなかったのかもしれません。
丞は紬が何か自分の価値観と外れた選択をする度に、いちいち感情を露わにしたり小言を言ったりし続けています。それだけ紬に変わってほしいと思っているのであり、丞の中ではまだ紬は友達であると考えるのが妥当です。
実際、人間は本当に嫌いな相手のことは「どうでもいい」「もっと苦しめばいい」と認識します。そんな相手のために、わざわざ嫌な思いをしてまでお節介を焼くことはないでしょう。
一方で紬もまた丞が「自分のために言ってくれている」ことを理解してしまっているようで、彼の言葉や態度に怒りを向けることはありません。彼が丞に遠慮気味なのは、あくまで「丞は自分といると嫌だろうから」という受動的な理由。自分から避けているのではなさそうです。
そう考えると、紬と丞は「現状の関係性で成立してしまっている」と言えるでしょう。そしてどちらかがそれについて"おかしい"と認識しない限り、ここから抜け出すこともないのです。
ちょっとネガティブな言い方をすると、閉鎖関係の中で完結したモラルハラスメントに構造が似通っています。2人の中で成立してしまっているからこそ、その負のループから抜け出すことができないということです。これはある意味では正に「無間地獄を彷徨っている」と言えるのかもしれません。
これらはもちろん外部から見れば歪んだ関係であることは間違いなく、できれば正しい形に戻ってほしいと周りの皆は必ず思うはずです。
ただ、それを理解して伝えるには一朝一夕の時間では不可能で。現実的に言えば、そんなに簡単な問題ではありません。だからこそ無間人形は彼らの元に舞い降りたのでしょう。
空白の時間によって生み出されてしまった彼らの歪み。互いを想い合うことで互いに傷付け合い、周りにも迷惑をかけてしまう最悪の状況。
それを解決するために、彼らには「2人だけの十分な時間」が必要でした。
なんてオカルト。なんてファンタジー。ただ、それは決して恐ろしい怪奇現象ではなく。現実にこんな解決方法が取れたら、どれだけの人の心が救われるだろう。1つの人形は、そんなことを想わせてくれる、夢のようなものを彼らに届けたのです。
七不思議と言っても不穏な方向には進まず、どこまでも"光"を表現してくれる。最後にはほっこりとしたものを届けてくれる、そんな物語。その在り方こそが『A3!』らしさだなと、改めて感じたのでした。
今回活躍したキャラクター達
では第21話のエピソードで注目しておきたいキャラクターについて、1人ずつコメントして行きましょう。
斑鳩三角
夏から冬へ、ここに来てまさかの大活躍。
いやしかしガチファンタジー要素が入ってきたとなると、真っ先に存在軸を疑わなければならないキャラだったのは事実。彼は当初から、七不思議絡みで登場したわけですからね。
今回、件の2人以外では唯一ループに巻き込まれなかった存在として登場。当事者以外の全ての人間がループするとしたら、三角は「ループ(七不思議)の当事者として扱われる者」「そもそも人間ではない(生きていない)」のどちらかと解釈するのがセオリーでしょう。
もちろんこのような設定はどこまでも伏線の張りようがあるし、必ずしもオーソドックスな答えに収まるとは限りません。
色々と細かく見て行くと、あの無類の身体能力の高さや不思議系キャラ、"三角"への異常な執着、「じいちゃん」という存在など、どこにどれだけファンタジーが含まれているのかを想像しなければならなくなりました。
それが舞台演劇に身を置くこととどのような関連を持つのか。芝居力の高さも含めて、その正体が楽しみなキャラになりましたね。いつぞや真実が知れる時のために、三角の可能性は押さえておきましょう。
月岡紬
今回は彼が芝居から離れてしまった過去が語られました。
若い頃からそれなりに役者として演技力を評価されていた彼は、GOD座のオーディションに挑戦。そこで神木坂レニに打ちのめされて自信を喪失し、逃げるように芝居の世界から去ってしまったとのこと。
終盤で語られている通り、GOD座は相当に色の強い演目で人気を博している劇団です。それだけ求める人材にも偏りがあると思われ、紬は単にその枠に合致しなかったのでしょう。
就職面接などと同じで、芝居のオーディションもやはり「合う・合わない」によって合否が決まります。実力主義のイメージが強いとは言え、実力があるから選ばれる世界でもありません。特にGOD座のような劇団では、主宰の好みが反映されやすいはずです。
さらに言えばレニはGOD座以外の有力劇団に圧力をかけ、丞のような優秀な人材の居場所を奪うような男です。ですから「GOD座には合わないが力はある役者」は才能がないことにして、早いうちから業界から消し去ろうとするでしょう。
その悪辣なやり方の真実を知り得る方法はなく、目の前の役者はそれを純粋な評価として受け取ります。最もネームバリューのある劇団の主宰から「才能がない」と言われたら、どんな役者であれ正気を保てなくなるのは当たり前です。
ましてそこまで周りから評価を受けていた者ほど、積み上げてきたものが崩れ去る衝撃に耐えられないものです。そして紬の場合は、幼少期から共に芝居してきた丞が合格したというのも、余計に劣等感に拍車をかけたでしょう。
20歳そこそこの年齢で味わうその挫折は、自分の人生の全てを否定されたに等しいもの。
それ相応に大きな傷を、当時の月岡紬の心に負わせたことと思います。
愚かな逃避だと自分で分かっていても、心を守るためにそうせざるを得ない瞬間が人生には数多あります。
だからこそ大事なのは、その後に「どうするか」「どう思うか」ではないでしょうか。
紬は打ちひしがれた先で懸命に別の生き方を探しましたが、それでもやはり芝居の世界への未練が捨て切れませんでした。多くの人が戻ってくることができない中で、彼はもう一度立ち上がることを選びました。
きっと芝居人として実力のある青年です。MANKAIカンパニーというあらゆる"出発"の道標となる劇団で、前向きな気持ちを取り戻すことができるはず。その姿を見届けて行きたいと思います。
高遠丞
ループに巻き込まれた芝居バカの不器用な青年。
終盤ではGOD座出身の知見を活かして、できる限り直接対決を避けられる策を考案するなどブレインとしても貢献しました。向こうから提示されたテーマ「天使」における一般的なイメージで争えば、間違いなく見劣りすると冷静に答えます。
テーマを与えられた時、最も楽で大衆ウケも良いのが「王道に沿うこと」です。しかしそれ故に"安易"と解釈されることも多く、また生み出される作品数も膨大。王道作品はその中で一番になれなければ、埋没して忘れ去られて行く運命にあります。
同じ条件で戦うのであればガチンコ勝負も選択肢には入りますが、舞台演劇はかけられる予算と人材によって体現できる限界に差がある文化です。
GOD座は売上だけでコンスタントに1,000万円以上を記録できる劇団ですから、1つの公演に数百万円を投じても回収できる算段で動けます。
一方のMANKAIカンパニーは借金返済のためにローコストにこだわらざるを得ない体制。できることに差がありすぎます。その差を無視して勢いと熱量で突っ切るのは「無謀」というもの。戦略的撤退こそが勝利の鍵です。
丞は大手劇団出身として、そこで知り得た内部事情をしっかりとMANKAIカンパニーに反映させる役割に徹してくれました。
さらに単なる展開戦略を進言するだけではなく、「どのような表現で戦えばGOD座と差別化しつつ自分たちの持ち味を出せるのか」の指標もしっかりと示しています。
これは「一辺倒で安直な解釈をしていては上手くならない」という役者ならではの観点からの発言だと僕は思いました。
他人を演じる者である以上、複雑な感情の機微や裏を読むことに敏感でなければなりません。その点で多角的な深読みができる者ほど、より複雑で魅力的な表現を体現できる可能性を持ちます(※実際は"読めること"と"できること"はまた別の問題)
丞はその点でも論理的かつ確かな見る目を持っています。加えて、その上に役者としての表現のセンスも持ち合わせているのでしょう。
さすがはGOD座のエースとして一線で活躍していた役者と言う感じ。今までMANKAIカンパニーは、運営面でも芝居面でも「演劇的な深さ」を本公演に持ち込めるメンバーがいませんでした。アドバイザーとしては鹿島がいましたが、現役劇団員にいるかどうかには1つ大きな壁があります。
丞は様々な角度から、今までMANKAIカンパニーが持っていなかった経験と知識を内部に反映させてくれるでしょう。今後の多方面での活躍に期待が高まります。
摂津万里
買い出しをしている!(?)
芝居には一生懸命になれるようになった万里ですが、キャラ的に芝居に直接関係のないことは面倒臭がりそうなイメージだったのでこれは意外。いや「確実に成長している」と言ってあげるべきでしょう。
劇団のためになることなら雑務でもしっかりとこなして貢献する。そういうサポートする側に回って初めて見える世界もあるものです。
情熱を燃やせるものが見つかったから、それに向かってできることは何でもやってみたいという気持ちも芽生えたのかもしれませんね。
小器用なだけだった彼が、いささか不器用に一歩ずつ前進する。
短いシーンで新たな一面を見せてくれたような気がします。
責任と覚悟
「本当に思ってること、相手に伝えれば大丈夫」
三角からそう言われた丞が紬と語り合うために選んだのは、即興のストリートアクトという方法でした。
芝居で繋がった彼らは、やはり芝居の中でしか本音を話せない。
違う役柄の中にほんの少しの自分を乗せて、迫真の演技で心の交流を交わしました。
過去の記事でも記載しているように、その場で創り上げる即興エチュードには、演じる役者の人格的な側面が乗りやすい性質があります。自分が持っている引き出しの中からしか、人は台詞を紡ぐことはできないからです。
「アンタはいつもそうだ。好き勝手言ってるくせに、大切なことは何も言わないんだ…!」
普段は隠している感情を、自分ではない者に乗せて表現する。それは時として相手個人へ向けた強い想いを孕むこともある。普段は言えない言葉を、ここで初めて伝えられたりもするものです。
「口に出さなきゃ何も伝わらない。自分が知ってることは人も知ってると思うのは、傲慢だろ!」
そしてその想いは相手にも伝播して。真に刺激された感情は、役者本人でさえ思いもよらないような一言を引き出します。
「自分の責任も果たさないよういい加減な奴に…言われる筋合いはない!」
役者と役柄の垣根を超えて相手に言葉を突きつける。1つの演目の中では決して褒められたことではないそのやり取りが、即興劇の中では見る人の心を打つセンセーションへと昇華します。
彼らはその充実感と満足感を共有することで初めて、生まれてしまった空白を埋めることができるのです。
芝居を終えて拍手喝采を浴び、共にその時間を共有した思い出を回顧する。本当に仲が良かったあの頃に思いを馳せて、彼らは今の気持ちを確認する時間を得ることができました。
「で、お前はこの街でどうしたいんだよ?」
彷徨った無間地獄の中で、彼らが抱えた諍いの種。それは紬が自分の実力を軽んじて責任を放棄し、目の前の事実から逃げ出そうとしていることでした。
「本当は主役として…胸を張って舞台に立ちたい」
しかし、それが彼の本音であろうはずがありません。丞も紬が本当はそうしたいと思っていないことに気付いていたから、どれだけ同じことを繰り返しても意志を曲げなかったのだと思います。
「だったら…それをあいつらの前で言えよ。簡単に諦めんなよ!」
2人きりの芝居を経て交わした想い。その果てで吐露された心情こそが、2人にとって本当に必要なものでした。
「…俺も支えるから」
「…!」
紬は丞に嫌われていると思っていた。けれど、本当は丞は紬のことを尊重したいと思っていた。相手のことをよく知るからこそ、言葉を交わさずに伝えようとしてしまう。分かってくれていると思ってしまう。でも、別れてからの経験と立場の差は、2人の間に決して交わらないすれ違いを生み出していたのです。
「本当に?」
「当たり前だろ」
言葉を交わして確認し合えば些細なこと。ただ、そうすることが何よりも難しい。
「俺たちは同じチームの、仲間なんだから」
あの日叶わなかった、同じ劇団で同じ板の上に立つという願い。MANKAIカンパニーは、2人にとってそれを叶える新たなステージ。
紆余曲折あって辿り着いた場所は、2人が新たなスタートを切る光の座組。
冬組に与えられた「天使を憐れむ歌。」
物静かな悲劇の中で、彼らが表現する輝かしい世界。その内容を追いかける物語が始まりました。
おわりに
ファンタジー展開からの人間ドラマが光った第21話。始まった時はどうなることかと思いましたが、色んな意味で『A3!』らしい解決に繋がり、しっかりと納得感のある物語になっていたと思います。
対して紬と丞を重点的に紐解いた物語故に、他の冬組のメンバーの登場シーンはとても少なくなってしまっています。やはり過去3組とは根本的に話の創りが異なっている印象で、残り3話であと3人のメンバーをどう輝かせて行くのかに注目したいところです。
余談ですが、僕が即興エチュード(集団)に取り組んでいた頃にあった出来事で悪い意味で印象的だったのは、一緒に演じていたメンバーが少しふくよかな体型の女性に対して「うっせぇデブ!!」と言ってしまったことです(「お前それはイカンだろ…………」と脳内で冷や汗をかいた)
本当に即興エチュードとは感情のセーブができない環境では、そういう色んなことが起きてしまう文化です。紬と丞が"良い方向"に進むことができて、良かったなと思わされますね。素人ほど酷いトラブルを引き起こしやすいですから、上手くまとめ上げられるのは彼らの芝居力の高さの賜物でしょう。
次回からいよいよ冬組の本番稽古のスタート。タイマンACTという分の悪い賭けに挑む彼らの物語。ギスついてもおかしくない状況で、高め合って行けることを祈って今回の記事は締めさせて頂きます。
残すところあと3話。『A3!』もクライマックスです。よろしくお願い致します。それでは。
こちらもCHECK
【ミリしら超感想】『A3!』第22話 作られた「不協和音」まごころルーペと誉の才覚
続きを見る
【ミリしら超感想】『A3!』 全話まとめ 経験者目線で読み解く演劇と作品の魅力
続きを見る