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『MIU404』分析&感想 第9話 最悪を覆せ「或る一人の死」を巡る戦い

2020年8月28日

善意は反転し"最悪"を呈する

成川の行動によって、エトリに拿捕されてしまったハムちゃん。急遽決まったタツイ組へのガサ入れによって、その動向はギリギリのところで追いかけることが可能となりました(※パスワードをPCの裏に記載してはいけません)

警察組織の一員である以上、上の決定に逆らうことはできません。抗議をしたところで飲まなければならない一件もあり、桔梗も今回は辛酸を舐めざるを得ませんでした。

ですが石橋を叩き続けていても何も進展しないのは事実。我孫子の言った「見える悪から潰して行く」というのも必要な発想です。何もしなければより拡大する悪意があります。そうならぬよう、どこかで牽制しなければなりません。

そしてこの警察の善意的行動は、より大きな不幸となって4機捜の身に降りかかることに。

この仕事が無ければ、ハムちゃんは成川に会いに行く前に桔梗に相談するつもりのようでした。そのプロセスがあれば、そもそも彼女がエトリに捕まること自体なかったはずです。それどころか、逆にそれを利用することで成川を確保することさえできていたでしょう。

その少し前、桔梗が善意を優先してハムちゃんのケータイを見なかったことも、あの場においては選択ミスでした。彼女があそこで"勘"を信じてケータイを見ていれば、彼女を危険に晒すことはありませんでした。

当の本人であるハムちゃんもまた、善意を優先して成川を助けに向かいました。あの時、久住に入れ知恵された成川がどんなメッセージを送ったのかは分かっていませんが、彼女をそうさせるだけの文面を成川に作らせたのでしょう。

どこで止められた?いつなら止められた?
8話の伊吹の台詞を嘲笑うように、全ての"止められる"タイミングをスルーして、事態は最悪へと向かいました。

4機捜の戦い

「…間に合わせるぞ」
「………うん」

ハムちゃんがいなくなった。
その事実を知った伊吹と志摩は、今ある可能性からベストを手繰り寄せるため行動します。

4機捜に来て志摩とバディを組んでから、過去に色々とやらかしていたらしい伊吹の獰猛さはなりを潜めていました。今回は劇中では恐らく初めて、志摩の言う通り「エトリに殺される前にこいつに殺される」勢いを見せてくれました。

それを寸でのところでコントロールしてくれる志摩との信頼関係があって、伊吹は適切にその獰猛性を事件解決に役立てられている。それがあるだけで昔の彼とはもう違うのだろう。そう感じさせてくれる2人の関係性がありました。

そして今回の事件で活躍したのは彼ら404だけではありません。

身内が命の危機にあることを知りながら、果たすべき職務の範囲から彼女を助けようとする桔梗。行動力と実務経験を買われ、4機捜から唯一最前線に立つことを許された陣馬。持ち前の思慮深さと若さで、他のメンバーには想像できない情報を手繰り寄せる九重。手元にある情報を冷静に分析し、考えられる最適解を提示する志摩。

「――聞こえた」

最後に持ち前の感性を活かして、現場で常にベストな行動が取れる伊吹。

4機捜のメンバーそれぞれが持つ「他の者にはない長所」が組み合わさったことで、この事件は"最悪"を翻し、"最良"を体現しようとしていました。

志摩がかつて九重にかけた「伊吹は俺たちにないものを持っている」という台詞が、ここに来て明確な結果を持って意味を為そうとしています。

一見チグハグでそれぞれが全く価値観と感性で動いているけれど、その間に確固たる信頼関係さえあれば、決して個人では実現できない成果を得ることができる。

4機捜の物語は、ここに来て1つの完成形へと相成ったのだと思います。

信頼すること 信頼されること

「成川!」
「成川か!?」

その4機捜の行動を結実させるため、最後にはたらいたのが改心した成川岳の熱意でした。

意識を失いながらも戦うことを放棄しなかった羽野麦を前にして、彼もまた自己保身ではなく彼女を助けるために行動しました。

自分の軽率な判断によって、命を失いかけている人がいる。自分を助けるために善意で動いてくれた1人の女性を、自分は最悪の形で裏切った。なのに彼女は最後まで自分を信じて、最も大切な情報を託してくれている。

罪悪感からか使命感からか、成川は決して羽野麦を見捨てないままに、全力で叫び声を上げ続けます。届くかなんて分からない。誰かがいるとは思えない。それでも行動をせずにはいられない。閉じ込められた井戸の曽底から、気力だけで声を振り絞る。

「羽野麦は!?」
「ハムちゃんは!?」

その善意は確かに伊吹の超聴覚を振るわせて。
彼らは何かを失う直前に「正解」へと辿り着きました。

「…桔梗さんって人に伝えてって!」
「え…?」

自分のことも相手のことも省みず。質問にも答えず、良かったとも、安心したとも言わず、助けてくれと叫ぶこともなく。

「エトリの車のナンバーを伝えてくれって!」

ただ自分が託された情報を、最も優先して伝えなければならない言葉を全力で彼は紡ぎます。

「品川331…!"し"の…・・32!!」

絶望の中に見出す希望

「――間に合った」

それぞれの行動はギリギリのところで全ての最悪を食い止めて。最後の最後まで諦めなかった彼らの意志は、失われゆくもの全てを救い上げました。

目に見えないものは救えないのかもしれない。気付かないところで大きな不幸が起きて、知らず知らずのうちに大切なものを失ってしまう。それが人生というものなのかもしれない。

人1人がカバーできる世界の範囲なんて、タカが知れている。助けられる数よりも、助けられない数の方が遥かに多い。そんな頭では分かり切ったことを、心では受け止められない。大きすぎる「1」を前に彼らは傷ついて、後ろを向きました。

「…俺たちが初めて組んだ日、当番明けに伊吹が言った」

――機捜って良いな。
誰かが"最悪"の事態になる前に止められるんだよ?
超良い仕事じゃーん♪なっ?

それでも自分たちの努力次第で、目の前の者は救うことができる。人が苦しむ姿を、見て見ぬ振りをせずに理解しようと行動することができる。

「俺はあの時…感動したんだ」

間に合わないものがある中で、間に合うものを絶対に逃さないように。止められるものを見過ごさないように。

全力を挙げて戦うことこそが、自分たちがしなければならない使命であり、したいと思える善行である。

「この野生の馬鹿と走ったら、取り戻せるかもしれない。今まで助け損なった人たちの分も、誰かの未来を良い方にスイッチさせて、救えるかもしれない」

再び立ち上がって前を向いた彼らに襲い掛かったのは、直前の不幸に勝るとも劣らない大きすぎる"最悪"で。けれどそれは「止めることができるもの」だった。

だからこそ彼らは辿り着く。
彼らにしかできない方法で彼らにしか為せない"最良"を、絶望の中に一筋の希望を見出せる。

「間に合った…!」

機捜404はその結果を噛み締めて、2人は強く抱き締め合いました。

たった一瞬のこのきらめきを、食べ尽くそう2人でくたばるまで。自分たちには救えない者があったとしても、自分たちにしか救えない者もまた存在している。2人でなら掴めるその幸運を目指し、彼らはこれからも戦い続けて行くはずです。

"善意"の行く末

「エトリ…捕まえたよ。遅くなってごめん」

9話で1人1人が取った全ての"善意"的行動。その1つでも未然に終わっていれば、この不幸は避けられたことだったように思います。皆が皆、善意を信じて動いたことで、最悪の不幸を呼びよせる結果となってしまいました。

それでもその善意が1つでも欠けていれば、エトリを逮捕するという最良を導くこともきっとなかったでしょう。ハムちゃんは今でもマンションで隠匿生活に追われ、何事もなかったかのように不自由な生活を続ける羽目になっていました。

「ありがとう…一緒に戦ってくれて…」

だからこそ彼らの善意は無駄ではなかった。全ての善意が絡み合って、この時この場でしか為し得ない解決を手にすることができたのだから。

善意を肯定し信じ続けた4機捜だったからこそ、不幸の中から最良を掴むことに成功したのです。

「嘘をついて、麦さんを呼び出しました」

そしてそれは悪意に囚われていた1人の少年の人生をスイッチさせて。

「ドーナツEPを売りました!他にも――!」

落ちるところまで落ちて終わるかもしれなかった未来を、確かに変えることに成功しました。

「…全部聞く」

それは成長して一人前になりつつある、1人の刑事の胸へとしっかり届きます。

気休めも同情も今の成川には必要ない。ただ肯定も否定もせず話を聞いて、彼の心に寄り添って。適切な判断を下してくれる"大人"が彼のそばには必要でした。

若者として可愛がられることが多かった九重は、頼りにされる大人へ回ります。自分がしてもらったのと同じように、1人の少年の人生を動かす。それがまた彼を一回りも二回りも成長させることでしょう。

想いは時として実を結び、善意は巡り巡って人を幸福へと導く。

絶対はない世の中で、あるかもしれない都合の良いリアル。『MIU404』第9話は、そんな希望を体現する物語。言いようのないカタルシスと多幸感に包まれる、珠玉の一話でした。

「或る一人の死」

「ん?目が合うた」

逮捕されたエトリはどこか何かを受け入れたような顔で、護送されていました。彼の表情やその行動、無表情かつ無気力な振る舞いに懸念が残ります。井戸に落とした2人についても、従者と「持ちますかね?」「持たなくても誰も気づかない」といった意味深なやり取りを展開していたのも気がかりです。

「お疲れ様です!」

一方の久住は劇中のかなり早い段階からドローンの操作を練習するシーンが挟み込まれています。

最後の成川からの懇願に「それ俺に何のメリットがあるん?」などと返していたことから、「成川に羽野麦を確保させる」ところまでが久住の掌中にあった可能性が高いと見えます。

「お巡りわんわんを――」

だとすれば久住の目的は何だったのか。
エトリが捕まった場合の保険をかけていたのか、それともエトリを消すところまでが彼の思惑通りだったのか。エトリと久住には一体どのような関係があるのか。

「――BURN!!」

猟奇的かつ大胆に。周りに見せつけるかのような劇場型の殺害方法を取って。それでも、警察側には「誰が何のためにこんなことをしたのか」その仔細まで含めて一切分からない。

「或る一人の死」を持って、『MIU404』の物語はいよいよクライマックスへ。「Not found」との戦いはまだ始まったばかりなのです。

おわりに

ここに至るまでに張られていた伏線、提示されていた情報のほぼ全てが回収。

8話の悲劇をバネに新たな幸福を掴み取った実質2話完結の物語としても完成されており、ほぼ「やり切った」と言っても過言ではない第9話でした。

だからこそ残った問題である久住の存在が際立ちます。彼はここまで完全に伏せられた内容であり、これから解決策を探さなければならない"全く新しい問題"です。

存在自体が認識されていなかった見えない敵を相手に、4機捜はどのような戦いを繰り広げて行くのでしょうか。

ここに来て全く終わりが読めなくなった『MIU404』。残りの2話も丁寧に視聴、読み解きして行こうと思います。

最後まで楽しんで参りましょう。よろしければこの記事ともお付き合い下さいませ。それでは。

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はつ

『超感想エンタミア』運営者。男性。美少女よりイケメンを好み、最近は主に女性向け作品の感想執筆を行っている。キャラの心情読解を得意とし、1人1人に公平に寄り添った感想で人気を博す。その熱量は初見やアニメオリジナル作品においても発揮され、某アニメでは監督から感謝のツイートを受け取ったことも。

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