あんさんぶるスターズ!

キンプリオタクの『あんスタ』ミリしら感想 アプリ編㊳「バトンタッチ!涙と絆の返礼祭」

2021年3月14日

引用元:『あんさんぶるスターズ!!Basic』「バトンタッチ!涙と絆の返礼祭」

今回取り扱うのは2016年度最後のイベントストーリー。「バトンタッチ!涙と絆の返礼祭」です。

守沢千秋が表題キャラとなっており、さすがに流星隊の返礼祭なのは間違いないだろうと推察。しかし2015年度分の「想い還しの返礼祭」では、複数のユニットの到達点が同時に展開されるイベントとなっていました。その点を踏まえると、今回もどのようなキャラが活躍するのかは全くの未知数と言う具合でした。

まぁと言っても流星隊のラストだから、全体的に後輩たちが頑張って、千秋と良い感じに感動的な話を展開してくれるのだろう。そんな悠長な構え方をしている僕に、「と思うじゃん?」と言わんばかりに襲いかかってきた彼らの物語。

しっかりと紐解いて参りましょう。いざ!

リーダー不在の流星隊

まさかの鬱展開。

まずはこれに尽きるでしょう。

返礼祭というイベントの特色上、1年生と3年生だけで構成された流星隊は、比較的展開が想像しやすいユニットでした。いわゆる「3年生を送る会」のような、分かりやすい内容が語られる。それが僕の予想でしたし、公開当時も多くの人がそう思っていたのではないでしょうか。

ですが流星隊はそもそも1年生の意思を尊重するユニットであったため、「下級生が主体となって執り行う」という名目には大きな執着が無いようでした。彼らにとっては、その点においては普段のドリフェスとさほど変わらなかったと言えるのでしょう。

故にリーダーである守沢千秋は、参加するかどうかまで含めてその内容の全てを後輩たちに委ねていました。他のユニットが「下級生主体(3年生がサポート)」なのに対し、流星隊は一歩進んで「3年生がほぼ関与しない」ドリフェスに返礼祭を位置付けたのです。

千秋は後輩たちは成長したし、それで何ら問題はないと考えているようでした。しかし実際「最終的には3年生が何とかしてくれる」というバックアップがある状態で自由に動くのと、何もない状態で全て自分たちで動くのとでは大きすぎるほどに大きい差があります。

リーダーについて行くだけの構成員だった1年生たちは、上を失うことで一旦完全な横並びとなります。2年生のいない流星隊において、現状は1年生全員がリーダー候補であり、全員が同格です。

その状態で何かを動かすことになれば、自ずと価値観の違いが露呈します。手を繋いで先輩について行っている時は見過ごせていた違いが、"動かす側"に回ったことで一気に看過できないものとなる。それこそがこういった人員の入れ替わりに付きまとう、払拭できないジレンマだと思います。

奏汰はそれを理解しているようで、千秋に「じぶんの『おおきさ』をもっと『じかく』するべきですね」と忠告していました。現在の流星隊が一丸となれていたのは「今の5人が揃っているから」に他ならず、それを完全に丸投げしてしまえば予想だにしない軋轢が生まれます。

それではその前提を記したところで、この「涙と絆の返礼祭」で起こってしまった不幸と再起について、次項以降でしっかりと語って行きましょう。

ぶつかり合う鉄虎と翠

返礼祭は先輩から後輩へ、次代へのバトンタッチを目的としたドリフェス。それと同時に、今までお世話になった3年生に感謝を伝えるイベントでもありました。ホ、ホワイトデー…?そうだっけか…?

普通に考えれば「参加して当然」ではありますが、大きなイベントを1から全て練り上げるのは相当な時間と労力を要します。そんなイベントを利用せずとも、そのコストを別のことに使うことで、もっと楽に自分たちらしい感謝の伝え方ができる。そういう考え方にも理がないとは言えません。

ですから返礼祭への参加はマストではなく、出たくないと思う者がいれば避けてしまっても良いわけです。

特に彼らはアイドル。気乗りしない者を無理矢理ステージに立たせるなら、全員が納得できる方向へと舵を切る方が"利口"な選択であるとも思えます。

その価値観の狭間でぶつかることになったのが、南雲鉄虎と高峯翠の2人なのでした。

成長した鉄虎は翠の意思を尊重すべきだと判断し、自分の「返礼祭で先輩たちに感謝を伝えたい」という気持ちを押し殺そうとしていました。自分の気持ちよりも、全体が円滑に進む方法を選び取る。それが次期ユニットのリーダーになる者の勤めだと考えるのでしょう。

その鉄虎の気持ちをどこまで察していたかは分かりませんが、翠は今までと同じように「鬱だ」「なんで俺が」と後ろ向きなことばかりを言ってしまいます。

ただ出たくないだけならまだしも、それだけ拒絶されると先輩たちに何の感謝もないように見えて当然。それは一緒にやってきた者として大変に悲しい反応でしょうし、その気持ちを持っている自分自身を否定されているような気持ちにもなるはずです。

一度それだけ邪見にされて心が折れ気味だったにも関わらず、鉄虎は意を決して再度翠に自分の気持ちを伝えようと試みました。しかし結果はそれさえも拒絶。翠への怒りや悲しみ、それを動かすことができない自分への苛立ちが爆発するのも無理はありません。

これまでのストーリーで、鉄虎は自分の気持ちや視界だけで物事を判断することの愚かしさに気付いています。それがあるからこそ、彼は流星隊の次期リーダー(暫定)として千秋に認められたのだと思います。

にも関わらず、理屈より感情を優先して動いてしまった自分自身がいる。それは彼に大きな自己嫌悪を与えたことでしょう。そしてそれは転じて「自分が思っているだけでは他人を動かすことはできない」という新たな気付きにも繋がったと感じます。

と言うのもこの場において、"大人な判断"をしようとしていたのは間違いなく鉄虎の方でした。翠は自分の置かれている状況や境遇だけを優先した物言いしかしておらず、その卑屈さは(少なくとも学院内では)決して褒められたものではありません。

ですが翠が後ろを向いているという事実が存在する以上、鉄虎の想いが成就することはありません。悪いのが翠の方であったとしても、どうしようもない相手なのだとしても、それを変えることができなければ負けなのです。

それは誰かとの戦いではなく、自分自身との戦い。
自分の気持ちを偽ることなく、周りの人たちの幸せも追求する。流星隊において守沢千秋がやり続けてきたことは、こんなにも難しく遠いものであった。鉄虎はそう感じざるを得ないでしょう。

それなりに成長したと思っていた先でも、まだまだ超えなければ壁が幾重にも存在する。

そう簡単には清々しい終わりと始まりを経験させてはもらえない。そんな物語の続きを感じさせる試練が、鉄虎の前に立ちはだかっているのでした。

現実を見る辛さ

一方の高峯翠もまた、決して悪者というわけではありません。

学院内のセオリーに当てはめる場合は白い目で見られるだけであり、1人の人生という単位では彼なりの論理と矜持がありました。

家業を持ち、その手伝いに精を出す翠は、他のメンバーのように目の前のことに集中していれば良いという若者ではありませんでした。将来のため、家族のためを考えて自分の時間を使う必要があったのです。

何のしがらみも持たない学生にとっては、所属する学校の中で起こっていることが人生の全てです。特に『あんスタ』は学院内で確固たる"社会"が出来上がっている作品でもあるため、その"外"に目を向けているキャラはほとんどいない印象があります。

その中で翠は初めから"外"を向いている少年でした。
「アイドルになりたくて入ったわけではないから」と言えばそれまでですが、恐らく彼はどこで何をしていても同じような態度を取っていたことでしょう。

優秀かつ社会的地位の高い職種を"夢"に据えて努力する兄を持ち、次男として家を手伝うことを選んでいる翠。そのせいで彼の今の人生は不自由そのものでした。

いわゆる家柄の問題が語られる時、大抵は長男にその重責があるものとされることがほとんどです。しかし長男に継ぐ気が全く見られない場合においては、実は弟に次鋒としての責任がのしかかることも少なくありません。

継ぐ継がせるという概念が薄れつつある現代では、よほどの家柄でもない限り長男には選択権があります。

期待感こそ向けられますが、どうするかは個人の意思に委ねられることがほとんどでしょう。

そしてそのせいで、次男には自ずと"選ばれなかった方"を全うする責任が生まれてしまうというわけです。兄がAを選んだのだから、弟はBとなる。弟が家業を継ぎたいと思っても、兄が継ぐ気なら我慢しなければならない。その逆も然りです。

若くして選択権が奪われている(と思い込んでいる)ことのプレッシャーは、確実に翠の心を縛り上げています。何もない自分に無償の愛を届けてくれる家族のためになりたいという欲求と、家族のために行動すべきであるという義務感が、彼の中でせめぎ合っているように感じられます。

目の前のものに一生懸命になったところで、未来ではそれが活かせるかどうかは分からない。全然関係ない仕事をする未来がそこにはあるわけだし、そこまでの明確なビジョンも存在してしまっている。

やりたくないわけではないけれど、最終的には自分に関わった人たちを失望させてしまう結果が待っている。向けられた期待は重荷となって、評価されればされるほどに罪悪感に苛まれる。だって自分はその道を選ぶことは絶対にないのだから。

何かを頑張ったところで、それを蔑ろにすることが確定している。そんな状況下で何か1つのことに一生懸命になれるはずもなく。

ならば、全てのものを受動的にそこそこでこなしておいた方が良い。高峯翠は、ある種誰よりもリアリストな少年となってアイドル活動を捉えていました。

劇中で語られた「大規模ドリフェスが開催されると商店街が賑わう」というのも重要な情報でした。翠にとってドリフェスの開催は「アイドル活動」と「八百屋の手伝い」がどちらも激務になることを意味しているわけです。

それでいて彼自身は「どちらにもしっかりと臨むこと」を自分に求めているとしたら。弱音や悪態の1つや2つ吐きたくなるのも必然ですし、「できればやりたくない」と感じるのも当然です。この苦労は入学して初めて分かったことでしょうから。

目の前のものに一生懸命になって、100%の情熱を燃やせるとしたらどんなに楽だっただろう。自分もそうできるのならそうしてみたかった。彼の表情や物言いからはそんな如何ともし難い感情が見え隠れするのです。

今の自分の境遇に決して不満があるわけではないのでしょうが、だからこそ羨ましく思える存在もいるものです。自分には手が届かないものにほど、人は激しく恋焦がれます。

南雲鉄虎が隊員のポテンシャルを見てそう感じるように、高峯翠もまた現実のしがらみがない彼らに複雑な感情を抱いています。

故に彼らはぶつかるしかありません。ぶつかって感情を解放して、埋められない価値観の差を認識し合う。その時間を経なければ、本当の意味で分かり合うことはきっとできなかったでしょう。だからこれは絶対に必要な時間で、誰かが止めたり手を出したりしてはいけない神聖なやり取りです。

でも、それを見守っている方はやはり辛いですね。ぶつかった先が雨降って地固まるとは限りません。最悪は修復不可能なほどにバラバラになってしまうリスクだって孕んでいます。

それを承知で"こうするしかない"と判断した3年生。守沢千秋と深海奏汰の心の痛みは、一言で語り切れるものではありません。ただ後輩たちの輝きを信じて苦渋の決断をした彼らは、この場において最高にカッコいい判断をしていた。それだけが真実であると思います。

守沢千秋の苦悩

後輩たちに全てを託した守沢千秋は、無理をしていました。

常に下の者を立て、上の者として言葉をかけ続ける。時には「ウザい」「空気が読めない」と言われながらも、他人のためにベストを尽くすことを決してやめようとしない。彼はいつも、努めてそんな自分を演じているように見えていました。

彼は生まれながらの熱血漢というわけではなく、そう在りたいと思う意思によって"レッド"になった少年です。今回の泣き姿や発言の端々に滲ませる感情から、その憶測がだんだんと確信に変わっていくような感覚を覚えさせられました。

よって彼はリーダーだから後輩を引っ張っているのではなく、自分をリーダーにするために後輩たちと接しているという側面があるように思います。強い自分を保つためには後輩という存在が必要不可欠で、そのために彼らを"付き合わせている"とさえ思っているのかもしれません。

それがただ自分のためで終わることなく、付いてきてくれる後輩のために。ひいては周りの人全てを幸せにする選択だと信じて、守沢千秋は流星レッドを務めています。その感情にも行動にも決して誤りはなく、彼は文字通りにその想いと責任を真っ当していると感じます。

その千秋にとって「手を出せない」「出してはいけない」ことが、どれだけ心の負担になったことでしょう。そしてその諍いのキッカケは、自分の翠に対する見誤りかもしれない。その可能性が残っている限り、千秋には自分を責める理由が存在し続けてしまいます。表には出していませんが、裏では相当な苦悩があったはずです。

自分も夢見た景色を最初から見られたわけじゃない。理想と現実の違いに絶望して、心が折れそうになったことが何度もある。その経験があるから、後輩も同じ厳しさを経験させて大丈夫…とは彼は口が裂けても言いません。

できるだけ辛く苦い経験をさせずに、しっかりと前を向けるように後輩たちを導く。決して驕らず偉ぶらず、弱きを助けるヒーローとして彼らの前に立ち続ける。それが守沢千秋の矜持であると感じています。

支える深海奏汰

それ故に千秋が感情のコントロールが効かなくなりそうな部分を、旧友たる深海奏汰が支えているように思います。

彼は千秋のストッパーでもありますが、同時に救済者でもあるのだなとこの「返礼祭」で感じました。

今回は個人として目立った活躍をしたわけではないものの、少ない台詞数で的確に千秋のサポートをしていた印象です。ただ止めるのではなく、千秋の重責が分散・放散されるような言葉を選んで彼にかけていたと思います。

実は流星隊の目指すべき場所を最も的確に見抜き、今何をしなければならないかを冷静に見つめていたのは奏汰だったような気がしています。彼が最終防衛ラインを守ってくれていることで、守沢千秋がただた全力で後輩たちに貢献することができているのです。

"何かを為す"ことが必ずしも誰かのためになるわけではなく、"何を為さないか"を考えることもまた有事には重要な判断です。

荒れ狂う激流の中に身を置いた時は、その流れに逆らわずに最小限度の力で障害物をかわすことが重要となるでしょう。水の中で生きる奏汰は、そういった「どうしようもできない事態」への対応を感覚的に理解できているのではないでしょうか(?)何言ってんだ俺。

その奏汰もまた千秋に救われた過去があるようで、彼らの関係性についてはその過去が語られる「追憶」シリーズなどを読むまではお預けと言ったところ。ですが確実に見えてきたものもあり、それらへ繋がっていくヒントは掴めてきた気がします。

「返礼祭」は1つの到達点ですが、彼らの物語が終わるわけではありません。1つの拡がりとして部分部分を捉えつつ、次の機会へと結び付けて行こうと思います。

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はつ

『超感想エンタミア』運営者。男性。美少女よりイケメンを好み、最近は主に女性向け作品の感想執筆を行っている。キャラの心情読解を得意とし、1人1人に公平に寄り添った感想で人気を博す。その熱量は初見やアニメオリジナル作品においても発揮され、某アニメでは監督から感謝のツイートを受け取ったことも。

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